IT先進都市・中国杭州留学記

M1・中国政府奨学生がIT先進都市を記す。「中国は遅れてる」こそ遅れてるよ

IT先進都市・中国杭州市の経済的将来性について

起業しやすい都市や最先端のスマート都市、こういった言葉を聞くとどこを思い出すだろうか?米国のNYCやシリコンバレーが真っ先に思い出されるだろうか。トヨタが手掛けている静岡の「スマートシティー」の事だろうか。はたまた、スタートアップが盛んに行われている発展途上国を考える読者もいるかもしれない。

あえて言おう。それは「杭州市」であると。

当ブログでは日本ではいまだ注目度は低いが、世界から注目を集める中国の先端都市「杭州市」について調査している。その中で杭州市の「存在意義や今後の可能性」という点において、またマクロ的観点からも非常に優れているということがわかった。そこで当記事では杭州経済の全体像をもとにその将来性について考察したいと思う。

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京杭大運河

杭州のいま

杭州市は世界から注目されている発展都市であり、ITや物流産業の代名詞的存在である。その理由はやはり杭州市にはアリババの本社があることが大きいだろう。しかし、杭州市の努力、つまり産業集積の形成や国策・政策によるところも大きいと考えられる。

杭州哇哈哈集団(水大手),農夫山泉股份有限公司(水大手),浙江吉利控股集団(自動車大手)など中国国内外に知られる企業は多く杭州市から輩出されている。網易雲音楽(音楽ストリーミング)など杭州に移転するような企業も多く、起業する若者も多い。2018杭州創新創業指数によると年間の杭州での創業増長率は4.09%で、四年連続の国内第一位であった。その中でもBtoBサービス、電子ビジネスが最もホットな二大商業分野であった。*1

そうした努力の結果、"Top E-commerce City in China”や"Among Chinese Mainland Cities Most Suitable for Entrepreneurship(最も起業に適した街)"、"China's New Smart City"として認められた。*2

中国は先進国か?

杭州市に迫る前にまずもう少し俯瞰的にみるために中国全体について話そうと思う。中国はGDPでは日本を抜き、世界2位となり安定成長を続けている。さらに一帯一路政策など国際経済に対してサポートを行っている。これを「大中華経済圏」という人もいるが、やはり中国が世界に与える影響力というのは大きい。だが、それは先進国であるということを意味しない。

中国と先進諸国の産業構造を比較すると、中国の第3次産業は発展不足である。「世界の工場」の役割を一部、東南アジアへ譲りながら、なおもその役割を担っている。

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メイドインチャイナを誇るかのような帽子
米・仏はサービス産業がGDP総額のおよそ8割独・日7割を占める。先進国となると比較優位性の関係から第3次産業へと生業を移しそうとする。対して中国は5割強しかない。*3

おおよそ、その原因の一つとして、中国は人口規模が14億人と先進諸国を圧倒しており、雇用の確保せねばならないと考えられる。

そこで杭州に話を戻そう。杭州市が公表したデータによると、2019年の杭州市のGDPは1.54兆元増加し、前年比6.8%増と安定的経済成長をしていると言える。<#>そのうち、特にデジタル経済製造業の著しい成長をしている。両産業の付加価値額は3530億元、総付加価値額のおよそ2割を占めている。

杭州市の産業構造は第1次産業、第2次産業、第3次産業それぞれ2%、31%、66%であり、先進諸国の産業構造に比較的類似している*4その理由として、デジタル関連企業が多くあり、それら企業は初期費用がメインであり、ランニングコストは他の産業よりかからないからであると考える。つまり、IT系企業は効率的にGDPに貢献できている。

以上が、杭州市の現状の経済である。

経済的アドバンテージ(個としての強み)

杭州経済の全体像が見えたところで、具体的に杭州経済についての特徴を探ることとする。

杭州を支える中心産業とハイテク

まず杭州市は依然として強みである第三次産業に力を入れるため、「"1+6"産業」という政策をとっている。デジタル核心産業を中心に6つの産業をつなげようというものである。*5

数字経済核心産業
 :ビッグデータの識別ー選択ー整理ー保存ー使用、リソース処理の高速化を実現化を行う産業。インターネットやクラウドサービス、ブロックチェーン、ECなどがあたる。
文化創意産業
 :技術を通じて、創意や産業化方法の開発・知財を中心に行う産業。映画、漫画、音楽、メディア、アート、舞台芸術、工芸や設計などがあたる。
旅游休閑産業
 :旅行とリラクゼーションの双方を提供する観光業。リゾートなど。
金融服務産業
 :一般的な金融サービス業。銀行や証券、保険など。
健康産業
 :医療製品、保険用品、栄養製品。
時尚産業(製造業)*時尚は流行の意
 :アートや創造、メディア、消費の要因から伝統産業と組み合わせることによって独特の製品を生み出す。
高端装備産業(製造業)
 :生産技術の向上、高付加価値の先進工業設備の製造を行う。伝統産業のアップデート、戦略的新産業の発展を志す。

これら1つの核心産業と6つの産業を中心に成長させようという政策である。
(これらの産業は日本においても必要かつ弱点であるような気がします。もう少し掘りたいので、別記事にて後日書きます。)

豊富な知識財産

豊富な知的財産を所有していることも杭州市の強みの一つである。
2019年杭州市国民经济和社会发展统计公报(2020)*6によると以下とある。

(一)科学技術

2019年の発明特許の申請量および授権量はそれぞれ43356件(全国申請量のおよそ3%)と11748件(全国授権量のおよそ3.3%)であった。18.7%と14.4%の増長。
R&Dの経費支出は地区生産総合値の3.4%程度を占めている。財政における一般公共予算の中からは148.2億元が科学技術費として支出されており25.4%前年より増加している。

杭州市は豊富な知識財産を保有すると同時に、杭州市がある浙江省は人口(万人)あたりの知的財産授権量が北京市などについで全国4位である。これら知的財産を生かし、より先進国的成長が可能になると予想できる。

多数の産業集積

杭州市には最大規模である産業集積は国家級のもので2つ存在している。
杭州国家高新技術産業開発区
②簫山臨江高新技術産業園区

これらが「西有濱江、東有臨江」と呼ばれるふたつの国家級産業集積である。
在大江東産業集聚区(臨江国家高新区)経済発展局局長・胡潜氏によると、濱江はインターネットや電子情報などを中心に、臨江は先端設備の製造を中心に差別化するとしている。*7
そのほかにも省レベルのもの(4つ)、市レベルのもの(2つ)、町レベルのもの(52つ)、計60つの産業集積が存在する。

産業集積は当然のことながらコスト削減につながり、一体化を図ることで国際的競争力が生まれる。また集積内企業同士が相互に競争することを促せるなどメリットは多い。


以上の事から知的財産と産業集積という2つの経済的アドバンテージによって第3次産業成長および掲げる"1+6"産業をより後押しすると考えられる。

長江デルタ(都市群のなかでの杭州の強み)

ここまで杭州市の「個」としての強みを著者なりに分析してみたが、杭州市は「集団」にも属している。
1982年打ち出された上海を中心とした「長江デルタ経済圏」である。

最後に、都市群の中での杭州市の役割について明示する。

まず長江デルタとは江蘇省浙江省安徽省全域の三省で築かれた国内の大経済圏である。面積はおよそ全国の3.7%を占めている。

そしてMUFGバンク(中国)経済週報(2020.January 15)の調べによると*8以下のようにまとめられている。

市群は電子、自動車、金融といった産業を中心、グローバルで影響力を持つ科学技術イノベーション基地と重要な現代サービス業・先進製造業センターを目指しており、未来の主導産業は電子情報、 装備製造、鉄鋼、石油化学、自動車、紡績服装、現代金融、現代物流、商業貿易、文化クリエイティブなど10分野に集中する。
また、次世代情報技術、バイオ、ハイエンド装備製造、新材料、北斗衛星ナビゲーション、太陽光発電など 6 つの新興産業を発展させる計画を打ち出した。

(中略)

杭州の民営経済はGDPの61%を占めており、情報・ソフトウェア、電子商取引、IoT セキュリティを代表とするデジタル経済は全国に先行する。

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MUFGバンク(中国)経済週報(2020.January 15)より引用

杭州市は本来の強みとしている"1+6"産業を中心に現在は長江デルタを牽引している。しかし、今後はよりデジタル分野を中心にリーダーシップをとる。南京も同じくデジタル路線を走っているように見えるが、杭州市とは差別化されている。杭州市はよりデータやクラウドなどオンラインに近い分野であるが南京市はITインフラ等オフラインに近い分野を中心に担当する。このITの分野は国家としても特に力を入れている部分であり、杭州市の担う役割は非常に重要であると言えだろう。

これからの杭州のゆくえ 考察

最後に以上の事をふまえ、簡潔に考察したい。杭州市は現在、すでに先進諸国と産業構造は類似しており、十分発展していると言える。その一方で今後のその周辺分野に力を入れ成長させる予定であり、環境も整えつつある。さらに長江デルタという経済圏の中でも重要な役割を担っている。現在でも世界において存在感をアピールしているが、今後は成長が見込めるだろう。いずれ長江デルタ内でリーダーシップをとるだけでなく、そのノウハウを国内、一帯一路参加国、世界へと広げることが可能になると筆者は考えている。その一方で日本国内において杭州市を知るものはそこまで多くない。今後もできるだけ杭州市について発信し、多くの人に知っていただければと思う。

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長江デルタの中心である不夜城・上海より

*1:杭州创业项目增长率连续四年位居全国第一《2018杭州创新创业指数》显示这里仍是创业热土—创业孵化—中国高新网—中国高新技术产业导报. (2018, March 20). 中国高新网. http://www.chinahightech.com/html/chuangye/cyfh/2018/0320/456839.html

*2:Honors. (n.d.). 中国杭州(Official). Retrieved 7 May 2020, from http://www.ehangzhou.gov.cn/honors.html

*3:中华人民共和国2019年国民经济和社会发展统计公报. (2020, April 15). 国家统计局. http://www.stats.gov.cn/tjsj/zxfb/202002/t20200228_1728913.html

*4:2019年杭州市国民经济和社会发展统计公报. (2020, March 20). http://www.hangzhou.gov.cn/art/2020/3/20/art_805865_42336875.html

*5:杭州将重点发展“1+6”个产业集群—杭州新闻中心. (2016, April 1). 杭州网. https://hznews.hangzhou.com.cn/jingji/content/2016-04/01/content_6118471.htm

*6:2019年杭州市国民经济和社会发展统计公报. (2020, March 20). http://www.hangzhou.gov.cn/art/2020/3/20/art_805865_42336875.html

*7:杭州有了第二个国家高新区 临江高新区挂牌成立_大浙网_腾讯网. (n.d.). Retrieved 10 May 2020, from https://zj.qq.com/a/20150414/016729.htm

*8:中国都市群の発展動向と潜在力分析. (2020.January 15). MUFGバンク(中国